頼るのが苦手だから、相手に決めてもらうことにした

頼るのが苦手だから、相手に決めてもらうことにした

Written by: Mizuki Hanano




ひとりっ子って、わがままで甘え上手。
ひとりっ子の私自身、そんなイメージがあるのですが、現実はめちゃくちゃ甘え下手。
どんなに小さなことでも「これって迷惑かな」「わがままだと思われないかな」と、いちいち立ち止まってしまいます。
頑張ってお願いできたとしても、そのときはだいたい枕詞が長い。
「あのー…すんごいわがまま言っていい?」
「面倒だとは思うんだけど……」
「無理だったら全然いいから!」
と、何重にも予防線を張っちゃうんですよね。


|「お願いは全て迷惑」という思い込み


なぜこんなにも頼るのが下手なのか。
考えてみると、そもそも私は、どこまでが許容範囲の”お願い”で、どこからが“わがまま”なのかがよく分かってないんだと思います。
これくらいなら普通のお願い?
それとも、相手に余計な手間をかけさせる?

もし引き受けてくれたとしても、本音では面倒だと思っているのでは?
考えはじめると、ドツボにはまってしまい、結果として「とりあえずきっと全部迷惑だろう」という前提で考えるようになっているのかもしれません。
だから、うんうん悩みながら相手にお願いするより、ちょっと自分が頑張れば何とかなるなら自分でやったほうが楽。
特に仕事では、誰かに状況や手順を説明してお願いするのも気が引けて、多少自分が消耗してでもやってしまうんですよね。
そんなふうに考えているうちに「人に頼る」という選択肢そのものが、最初から頭に浮かばなくなっていました。


| あっさり引き受けられた”わがまま”


でも、プライベートまでそんな考えでいると、もうさすがに疲れてきて。
「なんかもういいや!」
と、急に投げやりに甘えてみたことがあったんです。
それは、友だちとの食事会のお店を予約してほしいという、本当に些細なお願いでした。
どんな場面でもたいてい私が予約係なんですが、そのときは仕事が立て込んでいて、なかなか電話するタイミングが取れなかったんですよね。
友だちは何も言ってこない、でも満席になる前にやらなきゃ、でもお願いしたい、でも、でも、でも、なんて言おう…と、こんな小さなことですら、2日くらいグルグル悩んで頼めずにいたんです。

 

 


でも、とうとう悩み疲れてしまい「ちょ、ごめん!予約お願いしていい?!」と、勢いに任せてあっさりしたLINEをしてみたら、
「OK~!ちょうど今日休みだしやっとこうかと思ってた!」と、これまたあっさり返ってきたんです。

あっ……え???いいんだ……
なんだか拍子抜けしたのをよく覚えています。
でも、よくよく考えてみれば、自分が逆の立場だったらたしかに“大したことないお願い”の範ちゅうって結構広いよなとも思うのです。






 

| 自分は「全部うちのを使いなよ」と言うのに


例えば、別の県外の友だちが会いに来てくれて、飲みに行くことになったときのこと。
夜は家に泊まることになっていたのですが、到着してそのまま飲みに行くことになっていたので、友だちが「荷物が多くなりそう」だの「預ける時間もなさそう」だの、こぼしはじめたんですよね。
それを聞いた私は「荷物なんて最小限で来なよ!気にならないなら、パジャマもスキンケアも何でもうちのを使えばいいんだから!下着さえあれば何とかなるでしょ!」と、自分から申し出たんです。

 

でも、ふと思ったんです。

 


これがもし逆の立場だったら、パジャマひとつ借りるだけでも、1週間くらい迷うだろうなと。
だって、その分洗濯物が増えるだろうし、いくら仲が良くても人に着せるのが嫌なタイプだったらどうしようとか、たった1-2枚服が増えるくらい我慢しろよって思われそうとか。
でも、私が友だちに申し出たときは、そんなこと1ミリも気にしていませんでした。
もちろん、誰かが泊まりに来れば、いつもより少し手間は増えます。
それでも、それで友だちが楽になるなら、身軽に来れるなら、そのほうが嬉しい。
ごく自然に、そう思ったんです。

 

そして、実際、当日になって友だちも本当に助かったと何度も言ってくれて、それがシンプルに嬉しかった。
思い返してみると、こんなことって今までもチラホラあって。
この頼られる側と、さっきの頼る側の体験が重なって「人は頼られると嬉しい」ということばを最近じわじわ信じられるようになりました。


| 頼っていいかは、相手に委ねる


もちろん、どんなお願いでも相手が快く受け入れてくれるとは限りません。
そう、ここが怖いポイントなんですよね。
でも”断られたら終わり”なんでしょうか?
意外と忘れがちですが、同じお願いでも、相手との関係やその日の予定、心の余裕によって答えは変わります。
そして当たり前のことですが、頼まれた側にはお願いを受けるかどうか決める権利がちゃんとあるんですよね。



私だって、忙しくてお店を予約する時間が取れなければ、そのことを説明して相手にお願いするし、翌朝早くから予定があれば、友だちを泊めることは断ります。
でも、断ったからといって、別に相手のことを迷惑がっているわけではないし、ましてや嫌ってるわけでもないですよね。
シンプルに余裕がなかった、タイミングが悪かっただけ。
何なら断った側のほうが、申し訳なさや負い目を感じていることだってありますよね。
私はこれまで、相手に迷惑をかけたくないと思うあまり、口にする前から全てのお願いを「きっと迷惑だ」と決めつけていました。
でもそれは、相手に渡すはずだった選択肢を、自分の中で先に消してしまうことでもあったのかもしれません。

 

頼っていいかどうかを、私一人で決めなくてもいい
丁寧にお願いしてみて、受けてもらえたら「ありがとう」、断られたらスッと爽やかに引けばいいだけの話。
自分が誰かの荷物を軽くしたいと思うように、相手にも私の荷物を少し持ちたいと思ってくれる瞬間があるのかもしれない。
そう思うと、頼ることへのハードルが、ほんの少しだけ低くなったんです。


| まだ”甘え加減”のチューニング中


とはいえ、この気づきを得たからといって、すぐに上手く人を頼れるようになったわけではありません。
「ちょっとここ助けて」「それ借りたい」「ここまで送ってほしい」「私はこっちがいい」といった、小さなお願いを少しずつ言えるようになったけど、まだまだ枕詞はたっぷりのまま予防線を張ります。
でもたいてい「そんなの全然言ってくれていいのに!」と、恐る恐る投げたボールを拍子抜けするほど軽やかに受け取ってくれる。

 

「あ、これは大丈夫なんだ」「もう少し甘えてもよかったんだ」と、相手の反応を見ながら、お互いが心地よくいられる”甘え加減”を少しずつチューニングしているところです。
お願いだろうが何だろうが、結局はコミュニケーションのひとつ。
怖がって自分のなかだけで完結させず、とりあえず相手とキャッチボールして肩ならしすればいいのかもしれません。

 



ライター:
花野みずき (はなの みずき)

とにかく「言語化」することを軸に、自身のnoteを中心に活動するライター。
心や頭に浮かぶ漠然とした不安やモヤモヤも「言語化」にできると少し落ち着く。目まぐるしく変化する時代でも、地に足をつけていられるよう「ことば」でその道を照らしたい。 

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