Written by: Tomoko Horie

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香港から、ハミング編集部の知子が日常の中の小さな気づきをお届けしていきます。読み終えたあとに、今日の自分がもっと好きになれる。そんな時間になればうれしいです。 |
私はいま、香港で子育てをしている。
ここ香港では、家庭で子供の世話や家事をしてくれる「ヘルパーさん(お手伝いさん)」の存在が一般的だ。共働き家庭が多いこの街で、彼女たちは社会を支える不可欠な存在でもある。
そんな香港で暮らす私が、最近、あるヘルパーの女性から子育てにおいて忘れがちな大切なことを教えてもらった。
夏休み、「がんばりすぎる」私
8月、夏休み真っただ中。毎日、子どもたちと向き合う日々が続いている。
子どもたちを飽きさせないよう、トランポリン施設や図書館へ出かけたり、お友達とのプレイデートを企画したり、バスにのってローカル飯を食べに街に繰り出したり。まるでプロジェクトを回すかのように綿密に計画を立て、毎日を「がんばって」こなしていた。
けれど、正直に言えば、心も体も疲れている。
「早く新学期が始まらないかな……」
そんな本音が、ふとした瞬間に頭をよぎる。
さらに私を追い詰めていたのは、仕事とのバランスだった。フリーランスとして働いている私は、「子どもが夏休みなので、おやすみをください」と取引先に伝える勇気が持てない。仕事を失うのが怖くて、断ることができないからだ。
その結果、毎朝子どもたちが目を覚ます前の静まり返った数時間、必死でPCに向かいキーボードを叩く。昼間は全力でお母さんとして、早朝はプロフェッショナルとして働く。
「なんで私、こんなに必死なんだろう」
限界を感じながらも、仕事の達成感もあり、無理をしている自分を止めることができずにいた。
エベリンが教えてくれたこと
ある日、小学4年生の娘のお友達であるまりちゃんが我が家に遊びに来た。彼女はいつものように、フィリピン人ヘルパーのエベリンと一緒にやってきた。(香港では法律上、12歳未満の子供が一人で出歩くことはできないため、外出時は大人の同行が必須なのだ)
子どもたちが楽しそうに遊ぶ傍らで、私とエベリンの何気ないおしゃべりが始まった。
出稼ぎで香港に来ているエベリンには、本国フィリピンに中学生になる娘がいる。香港で働く多くのフィリピン人女性と同じように、彼女もまた母国に住む家族へ仕送りをするために、遠く離れたこの街で暮らしている。
エベリンが香港へ渡ったのは、娘がまだ3歳の頃だった。小さな娘を自分の両親に預け、辛い気持ちを振り切って家を出たという。今は毎晩のようにビデオ電話で学校の様子や日常を聞いているそうだが、彼女はポツリと漏らした。
「それでもね……娘が本当に私のことを『母親』として見てくれているのか、時々分からなくなるの」
香港に来てから、エベリンはいくつかの外国人家庭で子どもの世話をしてきた。どの家庭も共働きで非常に忙しく、親が子どもと過ごす時間を満足にとれない。だからこそエベリンがその穴を埋め、子どもたちの「お母さん役」を全力でつとめてきた。
他人の子どもを惜しみない愛で育てながら、彼女はいつも遠く離れた我が子のことを思い出しているという。
「物理的に一緒に過ごせる場所にいるのに、仕事や出張を理由に子どもと過ごさない親たちを見ていると、なんとも言えない気持ちになるの……」
エベリンは静かに、けれど強い口調で続けた。
「私もできることなら、自分の娘と一緒にいたい。でも、あの子の将来のために、ここで働くしかない。だから、目の前に子どもがいる親たちを見ると『子どもとの時間を、もっと大切にしたらいいのに』って、正直思ってしまうのよ」

取り繕った自分と、胸に刺さった言葉
その言葉は、私の胸にガツンと鋭く刺さった。
「やらなきゃいけない仕事がたまっていくんだけど…」
「早く学校が始まってひとりになりたい」
そんなことばかり考えていた自分が急に恥ずかしくなり、思わず自分を取り繕うような言葉が出てしまった。
「そうだよね。私も昔、会社員だった頃は子どもを置いて出張ばかり行っていたけれど、今はできるだけ子どもたちとの時間を大切にしているんだ……」
口ではそう言いながらも、心の中では冷や汗をかいていた。言葉とは裏腹に、私は目の前にある子どもたちとの時間を心から楽しめていなかったからだ。
エベリンの言葉は、私が日々の忙しさの中で見失っていた大切なものを、まっすぐに突きつけてくれた。
まず、自分を抱きしめることから
エベリンと話した夜、私は一人で自分の心と向き合った。
「子どもとの時間を大切にできていない自分」を責めるのは簡単だ。でも、本当に必要なのは自分を責めることではないと気づいた。
毎朝早起きして仕事をこなし、昼間は子どもたちを笑顔にしようと駆け回っている。フリーランスとして責任を果たそうと必死になり、母親としても完璧であろうとしていた。
まずは、そんな「無理をしてまでがんばっている自分」を、もっと認めてあげようと思った。
「よくやってるよ、私。疲れて当然だよ」
そうやって自分の心を一度満たしてあげると、凝り固まっていた気持ちがふっと軽くなった。自分の弱さや疲れを認められたとき、初めて目の前の世界が違って見え始めたのだ。
子どもと過ごせる時間は、長い人生で見ればほんの一瞬だ。成長すればあっという間に親の手を離れていく。エベリンがどれほど望んでも手に入らない「子どもと一緒にいられる時間」を、私は今、手にしている。
仕事も大切だし、自分の時間も譲れない。完璧な母親になんてならなくていい。ただ、早朝に少しだけ自分の心を整えたら、昼間は「今、目の前にいる子どもたち」との時間を、思い切り愛おしもう。
自分が変われば、見える世界は変わる。
今日も、自分と世界を見つめ直す時間を、ここから始めていこう。
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