タスクになったセルフケアは、もはや休息ではなく自己研鑽だった

タスクになったセルフケアは、もはや休息ではなく自己研鑽だった

Written by: Mizuki Hanano




SNSを眺めていると流れてくる、いろいろな「ご自愛」の風景。

森林浴、朝ヨガ、月に一度のリッチなエステ。

画面の向こうの人たちは、肌も表情も明るく透き通り、「ちゃんとご自愛できてます!」と言わんばかりのオーラに溢れています。

あぁ、私もこういうことをしたら、ちゃんとリセットできるのかな。

でも時間もお金もそんなには……あ、月1のヘッドスパくらいならちょうどいいかな。よし、えーっと、お店はどこがいいかな。口コミ調べたほうがいいよな。

あとは予約が取りやすくて、通いやすい予算感で……え、今月どこもいっぱいじゃん、え、てかヘッドスパでもこんなにかかるの……?

……はぁ、なんかもういいや。

自分をケアする方法を考えていたはずなのに、いつの間にか考え疲れてぐったり。

結局そのまま、月1ヘッドスパが叶うことはなく、行けていないことにうっすら謎の罪悪感を覚える日々になってしまいました。

おかしな話です。

どうやら、ご自愛がいつのまにか、こなすべきタスクになっていたようなのです。

 

セルフケアがタスクになる瞬間

 

いま振り返ると、私のセルフケアがしんどくなるのは、決まって習慣化を目指した瞬間からでした。

月に一度、毎朝、毎晩。

そう決めたくなるのは、セルフケアをルーティンにできれば、疲れ切る前に自分を守れる気がするから。

でも、習慣化を決意したとたん、それは自分をいたわる手段ではなく、消化すべきタスクに変わってしまうのです。

ヘッドスパだけではありません。
毎晩フォームローラーで体をほぐしてみようとか、みんながこぞって勧めるモーニングノートをしてみようとか、良いこと日記をつけてみようとか。
SNSで「良さそうなセルフケア習慣」を見つけては、いくつもマネしようと思いました。

でも結局、続かない。

ごりごりに凝りまくった体にフォームローラーは痛すぎるし、モーニングノートを書く時間があるなら1秒でも長く寝たいし、根がネガティブすぎて良いこと日記つけれる日がなさすぎるし。
それでも、続かないこと自体はまだいいんです。

習慣が身につかないことで実際に困ったことは、正直何ひとつありません。だって元々やっていなかったことなんだもの。

それなのに月末が近づくたび、できたかどうか振り返っては「今月も自分に何もしてあげられなかったな」と、減点がはじまってしまう。

ご褒美として思いついたものが、むしろ自己肯定感を下げるものになってしまっていたのです。

 

それはセルフケアではなく自己研鑽だった

 

そもそも、どうしてご褒美や休息がタスクやノルマのようになってしまうのか。

たぶん私はセルフケアに、ただ休むこと以上の「成果」を求めていたんだと思います。

SNSのご自愛上手な人たちは、明るく前向きな表情でキラキラオーラ。かたやこちらは慢性的に溜まった疲れでどんよりムード。

私だって、ヘッドスパやフォームローラーを続けて、全身のめぐりをよくしたい!モーニングノートや良いこと日記で、もっと前向きなマインドを手に入れたい!

そんなふうに、セルフケアを通して自分をより良くしたい、生活をレベルアップさせたい気持ちがあったんだと思います。

これを続けたらもっと自信が持てるだろう、より良い自分になれるだろう、人生の満足度が高まるだろう、と壮大なゴールを置いていたんです。

それこそが究極のご自愛だと思っていた。

でもそれは、今の自分を休ませるセルフケアではなく、自己研鑽=頑張る時間なのではないかと思うのです。

だから、実行できなかった日は、より良い人生に近づけなかった日のように感じてしまう。
そりゃあ、しんどくもなるはずです。

より良い自分や、より良い人生を目指すことはもちろんとても大切なこと。

でも、それは元気があるときに取り組むべきことで、休みたいなと思っている自分に強いることではないはずなんです。

まずは、日々の体の疲れをほぐして、緊張を解いて、肩の力を抜く。

私にはそういう「素の自分に戻るため」のセルフケアが最優先課題であって、自分磨きのセルフケアはその次でいい。

疲れている私に必要だったのは、自己改善のための新しい計画ではなく、むしろその改善をやめる時間だったのかもしれません。

 

 

素の自分に戻るためのセルフケアを

 

だとしたら、私にとって良いセルフケアとは何なのか。

答えはたぶん「何をするか」ではなく、「肩の力が抜けるかどうか」だけで決まります。

例えば私は、モーニングノートは続かなかった一方で、気が向いた日だけ、寝る前に自分の中に溜まったどす黒い気持ちを殴り書きするジャーナリングは、ちまちまと続いています。

これを書き終えたからといって、人格者になれるわけでも、ネガティブ思考が消えるわけでもありません。

ただ、モヤモヤを文字として外に出すだけで「ちょっと冷静になれたな」と感じれるし、そのあともスッキリした気持ちで眠れる。

ほかにも、家に一人でこもってゲームに熱中したり、いつもの面々といつもと同じような世間話で笑いあう飲み会も、私にとっては素に戻れる時間です。

美容や健康につながる行動であっても、それが自分を改善するための宿題になると疲れてしまう。

反対に、ゲームにしろ飲み会にしろ、たとえSNSで見るような“ザ・ご自愛”っぽくない行動だとしても、その時間に心から緩むことができるなら、自分にとっては極上のセルフケアになる
そんなシンプルな基準を、私はずっと見落としていました。

 

ご自愛はとことん「今の自分本位」で

 

 

といいつつ、SNS映えからはかけ離れた私も、ふと思い立って、自然の多い場所へ出かけたり、その日に空いているマッサージ店へ駆け込む日もあります。

そういうときは、そこが今の自分にとってリラックスできる場所だと、どこか本能で感じているんだと思います。

つまるところ、そのときの自分がいちばん緩むほうを選ぶこと。

自分の心に耳を傾けることが、やっぱりセルフケアの本質なのだと改めて気づきました。

 

👉SNSで時間を溶かしまくって気づいた「本当に心が満たされるご自愛」のコツ

 

Hummingのオンラインショップでも、バスソルトやエッセンシャルオイル、お茶やパズル、メディテーションボールなど、さまざまなセルフケアグッズがあります。

 

👉HummingおすすめSelf Careグッズ

 

これらも「もっときれいな自分にならなければ」「もっと丁寧に暮らさなければ」と自分を急かすタスクとしてではなく、今の自分をそのまま愛するために使ってほしいなと思います。

香りに包まれて、ふっと息を吐く。温かいお茶を飲んで、何もしない時間をつくる。パズルに夢中になって、頭の中から仕事を追い出す。

なかなか習慣に昇格できなくても、そのひとときに肩の力が抜けたなら、そのアイテムは十分に役目を果たしているのではないでしょうか。

ほんの少しでも素の自分に戻れたなら、それだけで今日は、今の自分をちゃんとケアできたことにしていいのだと思います。

 

 
ライター:
花野みずき (はなの みずき)
とにかく「言語化」することを軸に、自身のnoteを中心に活動するライター。
心や頭に浮かぶ漠然とした不安やモヤモヤも「言語化」にできると少し落ち着く。目まぐるしく変化する時代でも、地に足をつけていられるよう「ことば」でその道を照らしたい。 
 

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