Written By: Saori Oura

先日、中学・高校時代の親友たちとランチをしました。彼女たちとは12歳の頃に出会ったので、もう25年以上の付き合いになります。
住んでいる場所も、仕事も、それぞれ違います。まだ子どもが小さい子もいて、みんな異なる環境で暮らしています。だから、頻繁に会えるわけではありません。それでも年に2、3回は、なんとか予定を合わせて集まっています。
お店に入って「久しぶり〜」と席に着いた瞬間から、話は止まりません。
最近仕事で悩んでいること。子育てのこと。親との関係。夫婦のこと。もうすぐ40歳を迎える中で感じる体の変化。生理のこと。美容のこと。エロトーク。最近読んだおすすめの本……。
「次は何を話そう」なんて考える暇もなく、誰かが話し終わる前に、また誰かが「そういえばさ」と次の話を始める。
笑って、共感して、ときどきツッコミを入れる。
「今日は15時半には帰らなきゃ」と思っていたはずなのに、気づけば17時半。
慌てて子どもたちが待つ家へ向かいながら、「大人になってからも続いていく友達って、いいな」と、しみじみ思いました。
友達は「共通点」でつながるもの?!
友達は、共通点をきっかけに始まることが多いように思います。
同じクラスだった。同じ部活だった。同じサークルだった。同じ学部だった。同じ推しがいた......。
学生時代は、週5日以上同じ場所で学び、多くの時間を共有します。約束をしなくても毎日顔を合わせ、同じことを学び、休み時間になればおしゃべりをする。友情を育てる時間が、生活の中に組み込まれています。
でも、卒業すると環境は変わります。
進む道も、住む場所も、生活のリズムも変わる。同じ環境にいたからこそ続いていた関係は、その環境を離れることで、自然と疎遠になることもあります。
実際、私の交友関係も、ライフスタイルの変化とともに変わっていきました。
出産してからは、子どもがいる友達と会うことが自然と増えました。
友情を育てる時間が、生活の中に組み込まれています。
会社を辞めると、毎日のように顔を合わせていた同期と会う機会は減り、新しい仕事を通じて出会った友達と会う機会が増えました。
疎遠になる友がいれば、新しく出会う友もいる。人とのつながりは、取り巻く環境の変化によって少しずつ形を変えていくのでしょう。
一方で、住む場所が変わっても、仕事が変わっても、子どもが生まれても、会い続ける人がいます。
共通点が少なくなっても続いていく友情は、何が違うのでしょう。
はじまりは共通点。でも、続く理由は「その人」だった
考えてみると、長く続いている友達とは、もう共通点でつながっているわけではありません。
気になるのは、その人自身。
「最近どう?」「何を考えてる?」「どんなことに悩んでる?」「最近うれしかったことは?」
その人が今、何に挑戦し、何に悩み、どんな毎日を過ごしているのか。その人のことを知りたくなる。だから会いたくなる。
私は、大人になっても続いていく友情は、その人への興味や関心によって育まれていくものだと感じています。
疎遠になることを、怖がらなくてもいい
大人になると、正直忙しい。仕事、家事、子どもとの時間、運動、趣味……。限られた時間の中で慌ただしく生きているからこそ、「今度ご飯に行こうね」と約束したまま、お互い具体的には動けず、気がつけば数年が経ってしまった……なんてこともあります。
口約束が増えて、行動に移せない自分を責めてしまったり、少しずつ疎遠になっていく関係に寂しさを感じたりすることもあるでしょう。
でも、時間が有限であることを痛いほど実感する年齢になり、優先順位が変わっていくのは、誰にでもあることなのかもしれません。
会いたくなったら、「最近どう?」とお互いに声をかけ合える。そんな相手がいること自体が、幸せなのだと思います。
今は、人との距離はずっと同じではないのだと思っています。近づく時期もあれば、少し離れる時期もある。また何年か経って、自然と会うようになることもある。
だから私は、無理に関係をつなぎ止める必要はないと思っています。
会いたくなったら、「最近どう?」とお互いに声をかけ合える。そんな相手がいること自体が、幸せなのだと思います。
人生は有限だからこそ、本当に会いたいと思える人との時間を大切にしたいと、昨日、親友たちと笑いながら過ごしていて、改めて思いました。
大人になっても続いていく友達とは、お互いの「今」を知りたいと思える人。それが、私なりの結論です。
友達と交わす「最近どう?」の奥には、
「あなたが今、どんな人生を歩いているのか知りたい」
「あなたの幸せを願っているよ」
そんな温かい気持ちが込められているのかもしれません。
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